その講堂に集まったのは、到底カタギには見えない人々。否、そこにあるのは人だけではない。既にその生を終えたもの、他者の体を間借りするもの。そういうものさえ集まり、喧騒に満ちた講堂。誰もが待っている。定期的に行われるその演説を。その中心にたつ、あの男を。誰もが待っている。
そこに、革靴の音が響く。待ちわびたその音を追って、喧騒は大きくなる。男の通った道を示すように靡く紫煙。それを纏って尚濃いアガーウッド。

「やあ諸君。今日はよく集まってくれた」

火のついたタバコを握りつぶし、壇上に立った男が声を上げる。刹那、水を打ったように静けさが伝播する。

「僕たちの花園も、こうして成長を遂げている」

静寂の隙間から、熱が染み渡る。

「それは無論、君たちのおかげだ。君たちが心を砕いてくれる。身を粉にしてくれる。諸君らには感謝しても足るまいよ。諸君らも同じ気持ちだろう」

引いた波がゆり戻すように、再び喧騒が顔を出す。熱を纏った喧騒を、男は笑顔で受け止める。

「だが！その腹は満ちたか！？諸君らの飢えは！乾きは！満たされただろうか！」

否！否！否！我らはまだ飢えている！

「そうだろう！我らは未だ空腹だとも！我らはまだ上を目指すとも！入り込むだけで満足か！？」

否！否！否！

「組織として形あるだけで十分だろうか！？」

否！否！否！

「無論！僕とてここで満足するつもりはないとも！僕らの活動には未だ制限がある！若いと言うだけで！小さいと言うだけで、だ！」

まだまだ警察や、既にある組織に目をつけられるようなシノギには手を出せない。だが、それでは満たされない
いつまでも僕らは満たされない。ならば必要だ。当然必要だ。
さらに上へ。さらに、さらに。

「僕らは未だ途上！僕らにはまだ目指すべき先がある！であるならば！！」

男は、その両手を広げ、口を開けて笑う。

「無論、諸君らに、多大な期待を課すことになる！僕には諸君らが応えてくれようという信頼がある！僕には諸君らならば出来ようという信頼がある！」

応！応！応！
熱狂に、男がひとつ、柏手を打つ。瞬間、講堂を再びの静寂が包む。

「諸君らの気持ちは十二分に理解した。どうか期待を裏切る事なきよう。僕は諸君らを、実に信頼しているのだからね」

一際大きな歓声が応える。男はそれに満足したように、壇上をおりる。

男は理解している。
己は断じて強くない。己はまるきり弱い生き物だ。己の性能を担保しているのは、この弁舌一つだけ。他者に狂信を植え付ける、この舌ひとつで、自身はここまで来たのだ。
信用も信頼も、意味なきこと。だが、その程度の言葉一つで手綱を握れるというのなら、これほど安いものもあるまい。
そのためだけの演説だ。言葉を重ね、枷の重さを増すためだけのもの。

取り出した煙草に火をつけ、旭凰は笑う。

「期待してるぜ？」